土曜日の親の会には3名の方が出席してくださいました。
小学校の5年生くらいから、担任の先生と合わないということから学校を渋りだし、6年生になっても担任の先生が変わらないということで、まったく学校にいけなくなってしまったという。
また、中学生でクラブが大好き。クラブにだけは顔が出せるようになったが、「クラブは来れるねんなー」という言葉に敏感に反応してしまい心を閉ざしてしまっている。
「勉強や成績に口出ししすぎ、しんどくなって突然行かなくなってしまった。多分親の期待に応えようと頑張りすぎていたんやなーと今ではわかる。
『なんで?』『何がわるかったん?』とずっと、悩んでいますという保護者。
学校に行っていない子供が増えてきているという現状は知っていた。「でも、まさか自分の子どもが」とおもってしまい、なんとか学校にいってほしいと子供を責めてしまったり、無理やり連れだし学校に行かせると、ほっとする自分もいたと言います。
会に参加されて、自分だけがしんどい思いをしているんではないことがわかり、安心されたのと、いっぱい話をすることで、胸のつっかえがとれたようです。
学校に行かなくても自立している子供がたくさんいる現実をお話しすることで、今ばっかり見るのではなく、明るい未来を想像していきたいというふうに変わられたという話が印象的でした。
「学校に行かないことが悪なのではなく、学校に行かない子どもたちを追い詰め、傷つけることがよくない結果を生む。」
今のまま、ありのままの自分の子供を受け入れ寄り添うことで、必ず、たくさんの気づきができるはずです。
「私のやってきたことは、間違っていました。もっと、いっぱい子供と話をして、受け入れていこうと思います。私自身も勉強ですね。」 と明るく帰っていかれました。
親の会をしてたくさんの気づきがありました。
「不登校」という言葉には慣れており、世間を見ながら、しんどかったら別に学校行かんでもいいだろうと、普通に考えていたが、いざ自分の子供がなってしまうと、受け入れられない気持ちがあるということ。
不登校ということを受け入れられる社会になっても、その悩みはどんどん膨らんできている現実がありということ。
少し昔に比べて、いろいろな生き方ができる世の中であり、そう教えられ育ってきた今の保護者でも、この「不登校」という選択をすることに戸惑いを隠しきれないという現実をみた感じです。
こんな時代だからこそ、「不登校」と「学校の役割」について考えていかなくてはいけないのではないでしょうか・・。
参加していただいた保護者の皆様、本当にありがとうございました。